みきったが、生きていてみきったことを日記感覚で記載して言ってみたいと思う
このようなことわざがある。
「無理が通れば道理がひっこむ」
筋が通らない道理(無理)でも、一度通ってしまえば、それが正しいことになってしまい、筋の通った道理は行われなくなるということ。
さらに
「理屈と軟膏はどこへでもつく」
その無理を通してしまえば、その無理を道理にするための理屈などなんとでもなるのである。そして、それにどうじなければならない人たちに、その屁理屈で道理にしてしまうのである。そして、どうじた人々は、以前は「無理をとおした」無理でも、いつの間にか道理になっている。
では、世の中で道理や無理と言えるものはあるのだろうか。
同様に、世の中で(本当の意味で、法律的とかはなしに)成否を答えれるものはあるものだろうか?
<自分でわかっている矛盾>
成否はあるのか?
ない。
ならば、この質問の答えすら、成否を答えることができないのかもしれないな!
成否はあるのか?
ある
ならば、答えは誰が発言したことが答えなのか?
もし仮にあるとするならば、権力者だろうな!
それは同時に答えのないことを意味する気がする。
PR
はかりごと多きは勝ち、少なきは負ける。
戦の世に生きる男の有りようだ。
大河ドラマ「毛利元就」の尼子経久の言葉。
のちに、毛利元就がこの言葉を使うことが多くなる。
一説には、毛利元就がこの言葉を言ったとも言われている。
どちらにせよ、「謀多きは勝つ」どの部分をもって謀というのかは定かではないが、現代にも当てはまる言葉とも言える。
道徳・倫理上では謀多きことは良しとしないかもしれないが、現世は厳しいので、そのようなことをいっていると、生きていけない。